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2013年7月26日金曜日

『クラウドアトラス』と『100万回生きたねこ』と死ぬことと生きることについて



こんにちは、あべけいこです。

さて、先日、トータルセルフについて、あれやこれや書きました。

ハッキリ言って、意味わかんない方も多かったのではないかと思います。

すみません。

でもって、映画『クラウドアトラス』の感想も書かなかったなあ・・と思い、今日は「輪廻転生」について、『クラウドアトラス』の感想も書きつつ、考えてみようと思った次第。

まず、『クラウドアトラス』の感想。

それは・・・。

茶番。

は??

なにが???

いやー、「人生って、茶番劇だ」とね、思っちゃったんですね。



今は、「輪廻転生」という考え方を、どのくらいの方が信じていらっしゃるのでしょう?

輪廻転生とはいわずもがな、「肉体は死んでも魂は死なず、また新しい肉体に宿って何度も何度も生き直す」という考え方ですね。

昔はこのような考え方をするのは宗教的で、人は死んだら終わりだというのが常識でした。

でも今は、この考え方はわりと一般的になってきて、スピリチュアル好きな人の間ではもうほとんど常識になっていますよね。

これに関しては、江原啓之さんの功績がとっても大きいな~と感じますが・・・。

最近では、東京大学医学部教授の矢作直樹さんの著作『人は死なない』がベストセラーになっているようで、より、こうした考え方が受け入れられやすくなっていると感じます。


ヘミシンクは、音響技術を使って変性意識状態になり、さまざまな意識状態を実際に自分で体験できるツールですが、その体験の一つに「死後の世界を探索する」というものと、「死んだ人に会う」というものがあります。

これまでスピリチュアルな世界に興味がなかった方で、身内や愛する人の死をきっかけにヘミシンクを知り、亡くなった方にもう一度会いたいと思うがゆえにヘミシンクを始められる・・・というパターンは意外と多いです。

私自身も、ヘミシンクを聴いて、亡くなった父に何回か会ったことがあります。

亡くなったのは約10年前、68歳のときですが、向こうの世界にいる父は50歳くらいの姿で、紺色のパリッとした上質なスーツを着ています。

実際に生きているときはそんなに裕福ではなかったので(というか貧乏の域だったので)、上質なスーツなんか着られませんでしたが、いつも父がそういう恰好をしたがっているのはわかっていたので、いかにも父らしいなと思います。

姉も、それから友達でヘミシンク仲間のTai(タイ)も、向こうの世界にいる父に会ったのですが、二人とも父は「上質な紺色のスーツを着ていた」というので、これは確かなことでしょう。

向こうの世界では姿かたちや洋服を選べるのでね。

オシャレな人は会うたびに違う服を着てたりすることもあるようですが・・・(余談ですが)。


ええっと、話がそれましたが、とにかく、こんなふうに輪廻転生の考え方は広まってきてますよね、ということですね。

で、私はもちろん信じてますし、信じているというか、そういうもんだと思っているのでね、自分のいくつもの前世を見たことがあるし、体感したことがあるし、クライアントさんの姿も見ているし・・・。

輪廻転生というのは、もう、当たり前なわけです。

しかし・・・。

映画を見て、実感というかですね、「そうだよね、今の人生も結局演じてるだけだもんね、役割をそれぞれ変えながら、すべてをただ体験してるだけだよね」ってね、改めて思っちゃったわけです。

なんか、日々の日常で「きーーーーー!!」となっちゃったり・・・。

ああ、自分ダメだな~と落ち込んだり・・・。

絶対こうしてやる!!と力んだり・・・。

一生懸命生きてるわけじゃないですか、我々は。

でもね、結局これも、演じてるだけなんだなって。

小さなことに悩んだり、苦しんだり、誰かに気をつかったり、耐えたりとか・・・そういう、なんというか周りのためにだとか(自分のためにもですが)、頑張ってるのって、すんごくバカバカしいなって。

何を必死に守って、何を恐れているのかなって。

今さらながら、思ってしまったというわけです。

それで「茶番劇だ」と・・・。



『クラウドアトラス』では、人の死が簡単に描かれています。

躊躇なく殺されたり。

自殺したり。

映画にしてはあっけないと思うくらい。

それもね、ああ、死なんて大したことじゃないんだな、ただ、次の生への以降なだけなんだなというね、そういうのを演出してるんだなと思いました。


この話を占星術研究家のエル・アシュール先生にしたら『100万回生きたねこ』みたい」と言われまして、さっそく絵本を購入しました。
 
佐野洋子著 講談社 1,400円(税別)

『100万回生きたねこ』。

ご存知の方は多いですよね?

佐野洋子さん作の名作絵本で、初版は1977年に出版されています。

有名な絵本なので、存在は知っていました。

でも、ちゃんと読んだことはなかったみたいです(内容に記憶がなく)。

そして読んでみたところ・・・。

非常に奥深かった・・・・・・・・。

この絵本に関しては、さまざまな解釈があると思います。

私は、この本のバックボーンには輪廻転生の考え方があるんだなーと思いました。


100万回死んで、100万回生きたねこ。

戦争で矢にあたったり・・・

船から落ちたり・・・

手品師に体を真っ二つに裂かれたり・・・

子供におぶわれてひもが首にからまったり・・・

いろいろな原因で死んでしまうねこ。

飼い主はみな、死んだねこを抱いて大泣きする。

でも、ねこはへっちゃら。

死ぬなんて、なんでもないことだから。


あるときねこは、白いねこに恋をする。

二匹の間に生まれたたくさんの子ねこたち。

しあわせな日々。

年老いた白ねこは、ある日ねこのとなりで動かなくなる。

はじめて大泣きをするねこ。

朝も昼も夜も・・・100万回泣いて、ねこも動かなくなる。


「ねこは もう けっして,生きかえりませんでした」

と締めくくられるお話。


100万回の生と死を繰り返したねこ。

生きて、死んで、生きて、死んで、生きて、死んで・・・。

愛を学んで、ようやく輪廻から卒業した。

そんな風にも読めるかな、と思います。

魂は死なないんだから、“死ぬ”なんてどってことないことなんだよ、そんな風に作者の佐野さんは伝えたがっているようにも思いました。


物語の途中でねこが言います。

「おれは,100万回も しんだんだぜ。いまさら おっかしくて!」


そう、本当はね、死ぬなんて、どうってことないことなんですね。

そして、死ぬことがどうってことないなら、生きることだってどうってことないこと、なんですね。

いや、生きることがどうってことないわけではないですね。

前述した話と同じかもしれませんが、瑣末なことに悩んだり迷ったり不安になったりするけど、そんなのどうってことないよ、ってこと・・・かな。

生きていくうえで何が大事かなって思ったときにね、仕事で成功するとかしないとか、お金を得るとか得ないとか、自分がどう思われるかとか、誰かに嫌われるとか・・・なんか、どうでもいいかなあと。

自分が自分の想いのままに生きて、瞬間、瞬間、幸せであること、楽しいと感じられることこそ大事なんじゃないかなって。

それだけでいいんじゃないかなって。


もう一つ、この絵本のなかで示されているのは、ねこが誰の飼い猫でもなく、のらねことして自分のためだけに生きたときに本当の愛を知った、というところ。

ここにも、この絵本の奥深さが表れているかなと思いました。

誰かに「こうしなさい」と言われるがままに生きているのでは、何も学びがないよ、ということでしょうか。

誰かのために生きる、ということも同じですね。
自分のやりたいようにやればいい。

生きたいように生きることが大事。
何も恐れることなんてないんですね。

心配することもない。

経験すること、それによって学ぶこと。

それだけ。

学ぶって、何を?

“愛”を。

男女の愛情ではなく、広義の意味での“愛”、ですね。



『クラウドアトラス』では、異なった6つの時代が平行に描かれます。

1849年から2321年までの約500年間が描かれる。
悪も善もあり、一つの魂があらゆる生を体験する。
 
1800年代から2300年代までが過去から未来に順番になっているのではなく、パッパとすべての時代が切り替わり、同時に物語が進んでいきます。

これは映画の演出、と見る向きもあるかもしれません。

私は、時間という概念に縛られない、ある意味リアルな世界観だと思いました。

映画の中では、ある人が夢で未来の風景を見たり、過去を見たりします。

1936年にイギリスの作曲家が…

2144年のネオ・ソウル、マイナス9Fにある飲食店を夢に見て、
そこに流れている音楽を作曲する…


1973年のアメリカで出会った二人が…

2321年に愛し合った記憶を持つ…。

同時並行的に存在するすべての世界が、相互に作用し合っているんですね。

本来、時間というものはなく、過去も現在も未来も同時に存在するわけですから、現在の自分が未来の記憶を思い出す、ということも十分にあり得るわけです。


2144年、未来都市ネオ・ソウルでクローン少女ソンミが言います。


生まれてから12年間ただカフェで働かされるだけの
クローン少女ソンミ451が革命の象徴となる。

命は自分のものではない。子宮から墓まで、人は他者とつながる。過去も現在も、すべての罪が、あらゆる善意が、未来を作る」

この言葉に、この映画のテーマがあり、そしてそれはトータルセルフの考え方でもあり、世界の成り立ちを表してもいると感じました。


ヘミシンクの開発者、ロバート・モンローの著書『究極の旅』に、こんな一節がありました。

高次の存在がモンローさんの助けにと投げかけた言葉です。


始まりはない、終わりもない、ただ変化があるのみ。

教師はない、生徒もない、ただ記憶があるのみ。

善はない、悪もない、ただ表現があるのみ。

結合はない、分割もない、ただ一者があるのみ。

喜びはない、悲しみもない、ただ愛があるのみ。

優はない、劣もない、ただ均衡があるのみ。

静止はない、エントロピーもない、ただ運動があるのみ。

覚醒はない、眠りもない、ただ存在があるのみ。

限界はない、偶然もない、ただ計画があるのみ。



今日はボイドのせいでしょうか??

何が言いたいんだかわからないまま、とりあえず終わります(爆)。


ともあれ、今日も一生懸命生きましょう。

ボイドだけどね。

楽しみながらね。


ではでは、また~!!